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海と銃と蛇と 由無し事

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大人の存在と役割

最近の子供はおかしい。小学校では学級崩壊が広がり、ネットなどの通信の発達で風紀は乱れている。我慢ができない子が多くなり、他人を思いやることができない。と世間では騒がれていますが、一体なぜ、そんなことを言われるようになったのでしょうか。

まず大人と子供の接触の仕方が変わったからでしょう。最近の大人は子供を一人の人間として、その尊厳と存在を認め、人権を重視し、まるで大人のように接しています。たとえば、子供の名前に「さん」を付けて呼んでみたり、子供の意見を尊重するような教育をしている人がいます。

もちろん、それも子供に自分で考えさせて、自分の意見に責任を持たせるようにさせたい、と思っての教育方針でしょう。私も他の人が自分の子供にどんな教育をさせても、それはその人が考えた教育の仕方なので、文句なんて言う筋合いもありはしません。

ただ、教育の仕方はどんなに変化しても、大人と子供の接し方はいつも変わらなくあるべきだと思います。その最たるものは威厳と尊敬でしょう。

大人は子供にとって威厳を発し、尊敬の的にならないといけない。この上下関係はどんな社会になっても成立させないといけないものだと思います。

最近の子供教育はこの関係が崩れてきているのでしょう。もちろん崩したのは大人の方からです。子供には責任はないです。ここで言う責任は、すべてのことに対してです。子供は責任を持たないのです。子供のすることはすべからく大人の責任なのです。大人の役割はそれを子供に伝えることなのです。

子供は自分の親が悲しんでいるのを見るのを嫌がります。親は自分にとってヒーローなのです。母親は、包丁を振るいただの食材を料理する魔法使いです。
父親は、大きくてどんなに頑張っても勝つことができない力と、魔法使いの尊敬を持っているヒーローです。誰もが子供の時はテレビの戦隊者のドラマなどのヒーローに一喜一憂したものでしょう。自分が尊敬するものの惨めな姿は見たくないのです。そして、その尊敬は絶対超えられるものではない、と示さないといけないのです。

そして昔は、その尊敬の洗脳は子供は大きくなれば、底が見えてくるものでありました。思春期の反抗期と言う形で、子供の抵抗があったものです。

しかし、今はどうでしょうか。大人は子供を対等なものと扱って、尊敬の洗脳は施していないでしょう。以前はそれは母親の役割でもあったと思います。昔の母親は決して父親に逆らわなかった。そして子供にとっては断固として、父親の尊厳と、大人自体の威厳を確保してきたことでしょう。他人への尊敬がもてない人が我慢なんてするでしょうか。自分を抑えられることができるでしょうか。

結局今の子供に必要なものとはなんでしょうか。それは子供達に大人は強い者。決して超えられるものではないと意識させること。そして社会全体がそれを意識することでしょう。

2005.10.17 | Comments(0) | Trackback(0) | 由無し事

散髪に行っていました

2ヶ月ぶり?ぐらいに、そろそろ邪魔になってきた髪を切りに行きました。

といっても、別段髪型にこだわりもないので、駅前のカット1000円の安〜

いところです。

ただ、それだとあまりにもなんなんで、シャンプーも含めて2000円でした


シャンプーには顔剃りも含まれているので、やってもらっていると、

それまでの男の人とチェンジして、なんともかわいい女性が(;´Д`)ハァハァ

もちろん顔に出すわけでもないので、そのまま妄想モードに移行

よく考えると顔剃りも、左手ではやさしく顔を愛撫しながら、右手では刃物と

言う、SMのようなシチュエーションに(;´Д`)ハァハァ


シャンプーでは、頭を持たれて、水の中に何度も何度も顔を浸けられながら

「どう?これが気持ちいの?変態ね」(実際は「どこか痒いところは〜」です

けど)

みたいな脳内変換をして楽しんでいました。


退屈な散髪もなかなか楽しむことができましたね(*゚ー゚)

2005.09.25 | Comments(0) | Trackback(0) | 由無し事

原始の人の頭の中

世の中には曖昧なものがいっぱいあります。例えば、言葉は曖昧な意味のまま広がりを続けていくし、人の価値観はその育った国や地域、さらにその中に住んでいる人でも、当然人によって考え方は違っています。

今日は電車の中で精神障害者の方が乗っていました。そばには保護者を連れて、時折、奇声を発しながら腕を振り回したりしていました。
周りの人は無反応、無関心で静かに佇んでいました。

精神障害者の方にとっての価値観とはなんなのでしょうか。電車の中では静かにするもの。誰もが子供のころ親に言われた経験があると思います。そして、みなそのことを守っています。この時精神障害者の方はなにを考えているのでしょうか。自らの思うがままに行動し、時にはマナーも知らないことで人に迷惑もかけてしまうのも、その行動が人のもっとも純粋で原始的なことなのでしょうか。

と、まあ私が今日電車の中で思ったことですが、たるる〜と君のメガホンがあれば是非聞いていたいものですね(笑

2005.09.23 | Comments(0) | Trackback(0) | 由無し事

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